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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)96号 判決 1987年11月19日

原告

坂東機工株式会社

被告

サーマトロニクス貿易株式会社

日本硝子工機株式会社

主文

特許庁が昭和57年審判第7376号事件について昭和58年3月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「ガラス板面取り加工方法及びその装置」とする特許第933560号発明(昭和48年11月28日特許出願、昭和53年4月24日出願公告、同年11月30日設定登録、以下「本件発明」という。)についての特許権者であるが、被告らは、昭和57年4月17日、原告を被請求人として本件発明について特許の無効審判を請求し、昭和57年審判第7376号事件として審理された結果、昭和58年3月31日、「特許第933560号発明の明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は同年6月1日原告に送達された。

2  1 訂正審決前の本件発明の特許請求の範囲

(1)  ガラス板を一対の搬送手段で挟持搬送しながらガラス板の一端縁部を研削手段で面取り加工する方法において、前記ガラス板を、搬送方向に直交するその断面形状が研削手段の位置する側に向つて凹面状に曲げられた状態で、搬送することを特徴とするガラス板面取り加工方法(以下本項に記載する特許請求の範囲(1)記載の発明を「本件第1発明」という。)

(2)  エンドレスベルトを有する一対の搬送手段でガラス板を挟持搬送しながら、複数個の直列配置された研削手段で該ガラス板の一端縁部を面取り加工する装置に於いて、前記ガラス板に対して研削手段と同側に位置する一方の搬送手段は他方の搬送手段に対してガラス板を押圧挟持すべくガラス板の搬送方向に直交する方向に位置調整可能であり、他方の搬送手段のベルトはその幅が一方の搬送手段のそれよりも広く且つ研削手段に近いガラス板の前記一端縁部近傍まで延設されており、前記他方の搬送手段には前記一方の搬送手段及び研削手段により押圧されるガラス板をベルトを介して支持する当て板が設けられており、この当て板のベルトと接触する表面はガラス板の搬送方向に直交する断面においてガラス板側に凹面状に湾曲していることを特徴とするガラス板面取り加工装置。

2 訂正審決後の本件発明の特許請求の範囲

(1)  ガラス板を一対の搬送手段で挟持搬送しながらガラス板の一端縁部を研削手段で面取り加工する方法において、前記ガラス板を、搬送方向に直交するその断面形状が研削手段の位置する側に向って前記一端縁部近傍まで延設された彎曲状の支持面により凹面状に曲げられた状態で搬送することを特徴とするガラス面取り加工方法。

(2)  特許請求の範囲(2)は、前記1(2)の記載と同一である。

(別紙図面参照)

3  本件審決の理由の要点

1 本件発明の要旨は、前項1記載のとおりである。

2 これに対して、請求人ら(被告ら)は、本件第1発明は特許法第29条第1項柱書きに規定する発明を構成していないものに対してなされたものであり、又は特許法第36条第4項又は第5項(昭和60年5月28日法律第41号による改正前の規定、以下同じ。)に規定する要件を満たしていないものに対してなされたものであるから特許法第123条第1項第1号又は第3号に該当し無効とすべきであると主張している。

3 そこで検討すると、本件第1発明のうち、「前記ガラス板を、搬送方向に直交するその断面形状が研削手段の位置する側に向つて凹面状に曲げられた状態で、搬送すること」に関係する目的、構成、効果を明細書の記載から挙げると、(1) 「ガラス板を搬送方向に直交する断面形状が研削手段に向つて凹面状に曲げた状態で搬送することにより、研削手段から研削抵抗力を受けても逃げることがなく、よつて均一な面取り面が得られる」(明細書第6頁第6行ないし第10行)、(2) 「研削手段近傍でガラス板を凹面状に湾曲することにより研削手段から受ける応力を分散させ、ガラス板の面取り端部の逃げを防止する」(明細書第7頁第1行ないし第4行)、(3) 「本発明における(中略)することはない」(明細書第8頁第1行ないし第16行)、(4) 「ガラス板面取加工装置に(中略)振動を起すことがない」(明細書第18頁第13行ないし第20頁第4行)などがある。これらの記載のうち、「応力を分散させ」の用語の意味については明瞭ではないが、前記明細書の記載を大別すると、(イ) 研削状態で研削手段からガラス板が「後方に変位しない」「逃げない」「逃げを防止する」のは、ガラス板を、搬送方向に直交するその断面形状が研削手段の位置する側に向って凹面状に曲げられた状態で搬送する構成を採用しているため、(ロ) 研削状態で研削手段からガラス板が「後方に変位しない」「逃げない」「逃げを防止する」のは、ガラス板下端の研削のために研削手段の砥石近傍部が搬送手段を介して当て板の下端部分で支持されている状態の構成を採用しているため、とが考えられる。

次に、前記(イ)について検討すると、搬送手段下端から出ているガラス板、すなわち搬送手段がガラス板を支持していない部分は自由な状態であるので、その部分は研削荷重によつて「後方に変化したり」「逃げたり」することとなるので、明細書の第1図の説明のものと同様なことがいえるものと認められる。なお、その「後方に変化したり」「逃げたり」する量は、研削荷重を一定とした場合搬送手段がガラス板を支持していない部分の長さによつて異なるものと認められる。してみると、搬送手段を介して当て板をもつて、ガラス板を凹面状に曲げた状態で搬送する構成をもつてしては、研削状態で研削手段からガラス板が「後方に変化しない」「逃げない」「逃げを防止する」という目的、効果は達成し得ないものと認められ、発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その目的、構成、効果を記載したものとは認められず、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないものと認められる。

(ロ)について検討すると、研削状態で研削手段からガラス板が「後方に変化しない」「逃げない」「逃げを防止する」のは、ガラス板下端の研削のために研削手段の砥石近傍部が搬送手段を介して当て板の下端部分で支持されている状態の構成を採用しているためと認められる。ところが、この点の構成が本件第1発明に発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項として記載されておらず特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないものと認められる。

したがつて、本件第1発明の特許は、特許法第36条第4項及び第5項の要件を満たしていないものに対してなされたものであるから、同法第123条第1項第3号に該当し、これを無効とする。

4  本件審決の取消事由

1 訂正審決の経緯

原告は、昭和59年8月28日、本件明細書を左記のとおり訂正することについて審判を請求し、昭和59年審判第16678号事件として審理された結果、昭和62年6月11日右請求のとおり訂正することを認める旨の審決(訂正審決)があり、その謄本は同年7月8日原告に送達され、訂正審決は確定した。

(1)  明細書第1頁第9行目の「凹面状に曲げられた状態」の記載を「前記一端縁部近傍まで延設された彎曲状の支持面により凹面状に曲げられた状態」と訂正し、

(2)  明細書第6頁第7行目の「凹面」の記載を「研削手段に近いガラス板の一端縁部近傍まで延設された彎曲状の支持面により凹面」と訂正し、

(3)  明細書第6頁第13行目の「凹面」の記載を「研削手段に近いガラス板の一端縁部近傍まで延設された彎曲状の支持面により凹面」と訂正し、

(4)  明細書第7頁第1行目の「凹面」の記載を「彎曲状の支持面により凹面」と訂正し、

(5)  明細書第7頁第2行目から同頁第3行目の記載の「研削手段から受ける応力を分散させ」を削除し、

(6)  明細書第11頁第4行目から同頁第5行目の「プーリー4A、4B」の記載を「プーリー32、34」と訂正し、

(7)  明細書第17頁第17行目の「第14」の記載を「第13」と訂正する。

2 本件審決の違法

本件審決は、本件明細書の記載から、本件第1発明の目的、効果はガラス板面取り加工におけるガラス板の逃げ防止効果にあると認定し、また、その効果はガラス板の下端支持の構成によるものと認定した上で、その点の構成が特許請求の範囲に記載されていないと認定した。

しかしながら、訂正審決により訂正された本件第1発明の特許請求の範囲は、前記2 2(1)のとおりであつて、「研削手段に近いガラス板の一端縁部近傍まで延設された彎曲状の支持面」との下端支持の構成についての記載があり、発明の詳細な説明においても同様に明瞭な記載があるので、本件審決は明細書の解釈を誤つたものであるから違法であり、取り消されるべきである。

第3請求の原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由1は認め、2は争う。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(1訂正審決前の本件発明の特許請求の範囲、2訂正審決後の本件発明の特許請求の範囲)、3(本件審決の理由の要点)及び4(本件審決の取消事由)のうち1(訂正審決の経緯)の事実は、当事者間に争いがない。

前記当事者間に争いのない事実によると、本件審決は、本件第1発明の要旨を、訂正前の特許請求の範囲(1)(請求の原因2 1(1))に記載されたとおりと認定し、かつ、明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正前の記載に基づいて認定した上、本件第1発明の特許をもつて特許法第36条第4項及び第5項に規定する要件を満たしていないものに対してなされたものである旨判断しているところ、その後訂正審決が確定したのであるから、これにより本件明細書の特許請求の範囲(1)及び発明の詳細な説明の記載は原告主張のとおりに訂正され、特許法第128条の規定に基づき、特許出願当初から本件第1発明の特許請求の範囲は右訂正された特許請求の範囲(請求の原因2 2(1))であり、発明の詳細な説明もまた右訂正されたとおりのものとみなされる。

そして、右訂正された特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載によれば、本件明細書の特許請求の範囲には、ガラス板の一端縁部の面取り加工のためにガラス板の一端縁部近傍が搬送手段を介して彎曲状の支持面で支持されている状態の構成が記載されており、また、発明の詳細な説明には、右構成、及び右構成によつて研削状態で研削手段からガラス板が「後方に変化しない」「逃げない」「逃げを防止する」という目的、効果を達成し得ることが記載されていることが明らかである。

そうすれば、本件審決には、訂正審決の確定により、結果的に本件第1発明の要旨認定及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載事項の認定を誤った違法があることとなり、この違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第93条第1項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(藤井俊彦 竹田稔 塩月秀平)

<以下省略>

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